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最高裁判所第二小法廷 平成10年(行ヒ)43号 判決

上告人

ノバルティス・アーゲー

右代表者

ベアトリース・モラク

ハンス・ルドルフ・ハウス

右訴訟代理人弁理士

青山葆

中嶋正二

被上告人

特許庁長官

近藤隆彦

右指定代理人

山崎潮

外七名

主文

原判決を破棄する。

特許庁が平成五年審決第五九〇九号事件について平成八年一〇月三一日にした審決を取り消す。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告人代理人青山葆、同中嶋正二の上告受理申立て理由第一点について

一  原審の適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  サンド・アクチェンゲゼルシャフトは、発明の名称を「新規ポリペプチド類、その製造方法、そのポリペプチド類を含む医薬組成物およびその用途」とする特許権(平成元年六月二八日設定登録、特許番号第一五〇一七七八号。以下、右発明を「本件特許発明」といい、右特許権を「本件特許権」という。)を有していた。

2  サンド・アクチェンゲゼルシャフトから本件特許発明の実施の許諾を受けていたサンド薬品株式会社は、本件特許発明に係る医薬品につき、平成三年六月二八日付けで、薬事法所定の医薬品輸入承認事項一部変更承認(承認番号(〇一AM輸)第〇〇四〇号(一部変更)。以下「本件承認」という。)を得た。サンド・アクチェンゲゼルシャフトはサンド薬品株式会社が本件承認の承認書を受領したのは同年七月一一日であって、本件特許発明の実施をすることができなかった期間は右設定登録日から右受領日の前日までの二年一二日間であるとして、本件特許権の存続期間につき、二年一二日間の延長を求める延長登録出願(以下「本件出願」という。)をしたが、拒絶査定を受けた。

3  サンド・アクチェンゲゼルシャフトがこれを不服として審判を請求したところ、特許庁は、平成五年審判第五九〇九号事件として審理し、平成八年一〇月三一日、本件出願は平成五年法律第二六号による改正前の特許法(以下「旧法」という。)六七条の三第一項四号に規定する「その延長を求める期間がその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているとき」に該当するとして、右審判請求は成り立たないとの審決(以下「本件審決」という。)をした。

4  上告人は、平成八年一二月二〇日、合併によりサンド・アクチェンゲゼルシャフトの権利を承継した者である。

二  本件は、上告人が、本件特許発明の実施をすることができなかった期間の計算に誤りがあるなどと主張して、本件審決の取消しを請求するものである。

原審は、(一) 旧法六七条の三第一項四号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」は、同法六七条三項の政令で定める処分を受けるのに必要な試験の開始日又は特許権の設定登録の日のうちいずれか遅い方の日から、右政令で定める処分を受けた日の前日までの期間である、(二) 本件においては、特許権の設定登録の日から右期間を計算すべきところ、その日は平成元年六月二八日であり、(三) 右政令で定める処分を受けた日の前日は平成三年六月二七日であるから、本件特許発明の実施をすることができなかった期間は一年三六四日間であり、延長を求める期間を二年一二日間とした本件出願は、旧法六七条の三第一項四号に該当し、本件審決の判断は正当であると判断して、上告人の請求を棄却した。

三  しかし、原審の右判断のうち(三)は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

1  特許制度は、特許権者に業として特許発明を実施する権利を専有することを認めるとともに、特許権の存続期間を法定しているところ、旧法六七条三項は、特許発明の実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による処分を受けることが必要であるためにその特許発明の実施をすることが二年以上できなかったときは、五年を限度として特許権の存続期間を延長することを認めている。

同項の延長登録の理由となる処分は政令で定めるものに限られるところ、薬事法所定の医薬品の製造承認及び輸入承認並びにこれらの承認事項一部変更承認(以下、これらを「承認」という。)はこれに当たる(特許法施行令一条の三)。

2  医薬品の製造又は輸入を業として行うためには、薬事法に基づく許可を受けなければならないが(薬事法一二条、二二条)、その許可の申請者が、製造又は輸入しようとする医薬品につき、承認を受けていないときは、その品目について右許可を受けることができない(同法一三条一項、二三条)。承認は、医薬品の有効性、安全性を公認する行政庁の行為であるが、これによって、その承認の申請者に製造業等の許可を受け得る地位を与えるものであるから、申請者に対する行政処分としての性質を有するものということができる。そうすると、承認の効力は、特別の定めがない限り、当該承認が申請者に到達した時、すなわち申請者が現実にこれを了知し又は了知し得べき状態におかれた時に発生すると解するのが相当である。

そして、関係法令を検討しても承認の告知方法を定めた規定は存在しないが、薬事法一四条一項、一三条一項等の文理からすれば、告知に関する規定がないことをもって、同法が、承認について申請者への告知を不要としているものとは解されず、他に申請者への到達なしに承認の効力が生ずることをうかがわせる定めはない。

また、特許権の存続期間の延長に関する特許法の諸規定(旧法六七条三項、六七条の二第三項等)も、延長登録の理由となる処分はその処分が相手方に到達した時に効力を生ずことを前提としているものと解される。

したがって、延長登録の理由となる処分としての承認は、申請者に到達した時にその効力が発生するものというべきである。

3  右のように、延長登録の理由となる処分である薬事法所定の承認が申請者に到達した時に、承認の効力が生じ、承認を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができない状態が解除されることになるから、その効力が生じた日は、旧法六七条三項、六七条の三第一項四号所定の処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間には含まれず、右期間の終期は、承認が申請者に到達した日の前日となる。

4  以上のとおりであるから、旧法六七条の三第一項四号にいう「特許発明の実施をすることができなかった期間」は、医薬品に関しては、承認を受けるのに必要な試験を開始した日又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から、承認が申請者に到達することにより処分の効力が発生した日の前日までの期間であると解すべきものである。

5  したがって、本件承認がサンド薬品株式会社に到達した日を確定することなく、本件承認書に記載された日付である平成三年六月二八日の前日をもって本件特許発明の実施をすることができなかった期間の終期と解し、本件出願が旧法六七条の三第一項四号に該当することを理由に本件出願を拒絶した本件審決は、違法であって、取消されるべきものである。

四  以上と異なる見解の下に上告人の本件審決取消請求を棄却した原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はその趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上告人の本件審決取消請求はこれを認容すべきものである。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官河合伸一 裁判官福田博 裁判官北川弘治 裁判官亀山継夫 裁判官梶谷玄)

上告代理人青山葆、同中嶋正二の上告受理申立て理由

原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな実体法適用上の違法があるから、破棄を免れないものである。

第一、上告受理申立て理由第一点

一、原判決には、特許法六七条三項(平成五年法律二六号による改正前の規定。現特許法六七条二項)の解釈を誤り、ひいて結論を誤った違法がある。

原判決は、その理由の二(原告主張の取消事由の当否検討)の(一)の中で、

『本件特許権存続期間延長登録出願の願書(甲第二号証)の「三.延長を求める期間」には、「二年〇月一二日」と、「四.特許法第六七条第三項の政令で定める処分を受けた日」には、「平成三年六月二八日」(処分の通知の受取日平成三年七月一一日)とそれぞれ記載されていること、同願書に添付した「延長の理由を記載した資料」の「二.政令で定める処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間」の項のうち、「(二)特許発明の実施をすることができなかった期間」には、「特許権の設定の登録の日から承認書を受け取った日までの二年○月一二日」と記載され』(原判決一三頁)ていたことを認定し、その上で、

『特許法第六七条の三第一項第四号の「特許発明の実施をすることができなかった期間」は、政令で定める処分を受けることが必要であるために特許発明の実施をすることができなかった期間(同法六七条三項)である』(原判決一五頁)

こと、そしてそれは、

『政令で定める処分を受けるのに必要な試験の開始日、又は特許権の設定登録の日のうちのいずれか遅い方の日から、政令で定める処分を受けた日の前日までの期間であると解される。』(原判決一五頁)

こと、その理由は、

『けだし、政令で定める処分を受けると、その日から規制法に基づく禁止が解除され、解除された範囲内で発明の実施ができることになるところ、処分を受けた日の午前〇時から効力を生ずるものとして、「日単位」で期間計算することが相当であるから、特許発明の実施をすることができなかった期間の終期(末日)は処分を受けた日の前日と解すべきである。』(原判決一五頁)からであること、それ故、

『本件において、特許権の設定登録の日は平成元年六月二八日であり、処分を受けた日の前日は平成三年六月二七日であるから、本件出願に係る特許発明の実施をすることができなかった期間は一年一一月三〇日であると認められるところ、原告が延長を求めるとした期間は二年○月一二日であるから、「その延長を求める期間がその特許発明の実施をすることができなかった期間を超えているとき。」(特許法第六七条の三第一項第四号)に該当することが明らかであり、これと同旨の審決の認定判断に誤りはない。』(原判決一六頁)と判示している。

二、原判決における、本件が特許法六七条の三、一項四号に該当する、とする右判断が、同法六七条三項の、政令で定める処分を受けることが必要であるために「特許発明の実施をすることができなかった期間」の解釈、ならびにその適用をその前提としていることは、原判決一五頁の前記引用部分の記載に照らし明白である。

しかしながら、原判決は、この特許法六七条三項の解釈を誤ってなされた判断に基づくものであることが明らかであるから、民事訴訟法第三九四条の「判決ニ影響ヲ及ボスコト明ナル法令ノ違背アルトキ」に該当する。

以下、これを説明する。

(一)特許法六七条の三、一項四号は、特許権の存続期間の延長を求める期間が「その特許発明の実施をすることができなかった期間」を超えているときには、特許権存続期間延長登録出願を拒絶すべきことを規定しており、原判決は、本件が右規定に該当するとする。

そして、原判決はその判断の根拠として、特許法六七条三項の「その特許発明の実施をすることができなかった期間」は、(その日の方が遅い本件の場合)特許権の設定登録の日から、政令で定める「処分を受けた日の前日」まで、の期間と解釈されるからであるとする。

しかしながら、右解釈は、特許法六七条三項の規定により延長することができる「特許発明の実施ができなかった期間」の末日を「処分を受けた当日」ではなく、「その前日」としている点で明らかに、特許法六七条三項の解釈を誤ったものである。

(二)特許発明の実施ができなかった期間の末日を「処分を受けた日の前日」とする右解釈が誤りである理由は、政令で定める処分(本件の場合は薬事法に基づく医薬品の承認)が処分当日の午前〇時に遡及発生するものとはなし得ないから、処分を受けた当日(本件の場合は医薬品承認の当日)も実施規制は部分的に続いており、「特許発明の実施をすることができなかった期間」が処分を受けた日の前日に完全に終了していると解釈することには無理があるからである。

原判決は、実施規制期間の計算は「日単位」ですることが相当であり、従って、丸一日に満たない処分当日を規制法による禁止期間から除外するのが相当であるとする。

しかしながら、規制法による実施規制により特許発明の実施ができなかった特許権者が蒙る不利益を救済し、さらなる技術の発展を図ろうとするのが特許権存続期間延長制度の制定趣旨であるから、延長制度の運用は特許権者の利益を不当に損なうものであってはならない。

即ち、実施規制が丸一日に満たないことを理由として特許権の存続期間の延長により救済される期間から減ずる方向の法令解釈は不当と言うべきであって、「日単位」の期間計算は、むしろ実施規制の解除効果の発生について適用すべきである。

言い換えれば、処分を受けた当日は実施規制の解除効果を丸一日享受し得なかったのであるから、処分当日は実施規制が解除された期間から除外し、処分当日まで規制法による禁止効果が続いていたとするのが相当な解釈と言うべきである。

(三)特許法六七条三項に規定する「その特許発明の実施をすることができなかった期間」の解釈について、期間の開始日を特許権の設定登録日と表現し、期間の末日を政令で定める処分を受けた日と表現して把握することに異論はない。

しかしながら、同期間を具体的には、特許権の設定登録日の翌日から開始し、「処分を受けた日の前日」を末日とする期間、と解釈する原判決の判断は前述のとおり誤りである。

この原判決の解釈が誤りであることは、例えば、平山孝二氏他の著作にかかる「詳説 改善多項制・特許権の存続期間の延長制度」(発明協会発行、参考資料の一として該当部分写を添付)の二〇一頁ないし二〇二頁に、「処分を受けた日」を、特許発明の実施をすることができなかった期間の末日として計算する、と解説されていることからも明らかである。

即ち、同書の一九九頁には、

『政令で定める処分を受けることによって規制法に基づく禁止が解除されるのは、処分を受けた日であるから、この期間の終期は処分を受けた日である。』

と明記されている。

これは明らかに、特許法六七条三項の「特許発明の実施をすることができなかった期間」を処分日の前日までとする、原判決の解釈と相反するものである。

右著作が、特許法運用の任にあたる特許庁の幹部職員によるものであり、特許権存続期間延長制度に関する指導書であることを考慮すれば、特許法六七条三項の「特許発明の実施をすることができなかった期間」が禁止解除処分の前日に終わっていたとする原判決の解釈が誤ったものであることは、明らかと言うべきである。因に、同書の著者の一人である平山氏は、特許権存続期間延長制度の制定、運用基準の作成にあたって中核的役割を果たされた著名な特許庁職員である。

(四)本件の場合、特許期間延長出願の原因である実施規制を受けていた期間は、薬事法に基づく医薬品の承認を受けるために特許発明の実施ができなかった期間であるから、特許登録の日から、医薬品の承認を受けて実施規制が解除され、特許発明の実施ができるようになるに至った日、即ち、原判決が解釈した承認の前日までではなく、承認の当日までである。

(具体的には、本件の場合の実施規制を受けていた期間は、原判決が誤った法令解釈に基づいて認定した医薬品の承認を受けた日の前日である平成三年六月二七日までの一年一一月三〇日ではなく、医薬品の承認を受けた当日である平成三年六月二八日までの二年○月○日であり、特許法六七条三項の延長登録要件である二年以上の実施規制を丁度満足する期間である。)

第二、上告受理申立て理由第二点〈省略〉

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